漆の海外での紹介の仕方を考えるついでに、「輪島塗」の事も書いてみよう。

「輪島塗」の歴史や特徴はよく色々なところで書かれていますが、歴史や技術手法の特徴が書かれても、その特徴である技術手法がなぜ輪島で。その面において他の漆器産地との違いを説明できてはいないのです。またそれらの事を書かれいる記述は、残念ながら私の知る限り無いように思う。また如何にしてその特徴ある技術手法がなぜ輪島の漆器産地に生まれたのか。その事においても書かれていないと思う。

輪島塗の商いをされている人や、輪島塗の仕事をされている人、また輪島塗のことを知っているとされる方に、聞いて見て下さい。どの様な答えが返ってくるのでしょうか。皆さんはそのアンサーで納得できるのだろうか?

輪島塗に関して書いているが、以外に現在の日本の伝統工芸産地の危うさの原点がここにあると結びつける事は唐突であろうか。

仕事場の色々な道具中でも漆を調整する漆盤で漆を練っていると、代々のとくにこの盤を良く使っていたという二代目武七の仕事後を感じると共に、天保や幕末などの聞き伝えを思い出す。そんな中に答えがあるようだ。

江戸時代からの漆道具(現在も使用中)